身体意識と心身の健康・動き・姿勢・パフォーマンス
まさにIT’S ITO'S PILATES!!!の核心的テーマなんですが、呉から神戸に拠点を移して、出張中心になっても、この仕事に関する限り、どこで、何をやろうとこのテーマは不変です。
ウチのセッションを受けて、多くの方々がびっくりしたり、感動したり、不思議がったり、もちろん喜んでもらったりもたくさんしてきましたが、皆様異口同音に言われることは、ウチでやっていることを「人に伝えるのに説明が難しい!」ということです。
たとえば、屋号にピラティスというのを基本掲げてはいますので、「ピラティス」と言ってしまえば、最近では市民権を獲得してきたので、これは一言でケリが付きますが、実際の中身はといえば、
例えば、
あるお客様が姿勢を改善したくて、それにはピラティスがいいよと聞いてきた場合でも、ピラティスらしい動きをほとんどしないまま、いつの間にか姿勢が良くなっていたり、運動不足解消したいと、ウチに来て、言われた通りに動こうとしたら、小さな単純な動きなのにどう動いたらいいのかわからず、まったく動けず四苦八苦して、何もやっていない感じなのに汗が噴き出したり。長年痛かった腰が、足首を動かしただけで一氣に軽減したり、体調がよくなったり。
しかも、なぜそうなったのかのか本人がさっぱりわかっていなかったりするとそれはなかなか説明できないものです。
これは実はすべて「意識」という目に見えないものがからんでいるのでわかりにくいのでは?と思っています。
そして、さらにそれをわかりにくくしているのが、意識を顕在意識と潜在意識に分けると、潜在意識、つまり通常は意識に昇ってこない無意識の部分を問題にするからでしょう。
通常、我々、運動指導の世界にいると、「○○を意識して動きましょう!」、「日々意識して動きましょう。」なんて言いますが、それらの意味する意識は基本的に顕在意識に関しての意識であって、潜在意識というのは話題にも上らないし、残念ながら、意識といってもふわっとした概念か、精神論としての意識のみで、その具体的な意味さえ考えられていないことがほとんどです。
物理的に強い力を使ったり、大きく動いたり、ストレッチしたりすれば、目にも見えやすいし、実際に筋肉を使った感覚、努力感やストレッチ感があるので、こうしたからこうなったというのはよくわかるのですが、小さな動きだったり、非常に小さい力だったりするとその実感は全くと言っていいほどなくなってしまいます。
大きな力や動きというのは、わかりやすい反面、負荷や動き、その目標ばかりに意識が向き、どのように自らが動いているかという無意識に意識が向きにくくなってしまいます。
さらに言えば、
そもそも、頑張った感バリバリの筋トレやギューギュー大きく伸ばすストレッチとは、その前提とする意識レベルや密度、さらにその方向性が全く違います。
最近では「筋肉ではなく、動きを鍛える!」なんていう広告も最近では少し見かけるようになりましたが、ある意味その通りなんですが、この意識の部分を理解しているか否かで、
やっぱり筋トレやん!ってなってしまうか、少し良くて、複雑な運動や苦手な運動の反復練習となってしまうかが関の山なんではないでしょうか。反復練習も大切ではあるんですが、もろ刃の剣ですからね。
その意味で「鍛える」という言葉は、かなり矛盾を含んでいるように思います。
運動とは、たしかに物理的、生理的な現象なんですが、そこをドライブする存在が意識です。意識は見方と長期的な視野に立つと、物理、生理以上に強力に身体をコントロールしているものです。まずそのことに気が付かないと、始まりません。


